第一子の出産記録

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こんにちは、サリーです。

私は今第二子の妊娠中ですが

2年前、第一子を出産した時のことを今更振り返ります!

すぐ書いてないので、具体的なことは忘れたのか、、短くまとまってます。

目次

激痛がきて、病院に行く

予定日をすぎると

『いつ陣痛がくるかなー、これは始まったかなーー』

と、感覚を研ぎ澄まし、兆候をのがさないようにしてましたが、、

あの痛みは別物でした。

研ぎ澄まさなくてもきっとわかった。

朝方いたくて目が覚め、病院に電話

来てくださいという事だったので

旦那と一緒に行こうと思ったらここで一生わすれない温度差が発生

旦那「ついていってあげるけど、玄関まで行ったら一旦帰るよ」

カーーーーン、第一ラウンド開始

嫁がこんなに痛がっているのに、一人置いて帰るつもりか。

さんざん、言い合っても

仕事があるからと一旦出社する意思を変えない旦那に言いました。

「帰ってもいいけど、一生わすれないよ」と

本当に言いました。そして、今でも覚えてる。

呼んだタクシーがキャンセルに

ここで、旦那にタクシーを呼んでもらいます。

ママタクシーなどのサービスに登録していれば違ったのでしょうが

呑気な私は登録していませんでした。

旦那が電話をかけると、タクシーを呼ぶことに成功

しかし、すぐに電話がかかってきて

同時に予約をとってしまっていたようで

実際は空いてなかったのでキャンセルさせてくれとのこと。

旦那はこの一件であきらめ

「今はいっぱいだから駅まで歩こう」

と提案してくれました。

『即答でなくうっかり取ってしまう位なら

何社かかければ取れたんじゃないか??』

駅まで歩くと、段々つよくなる痛み。

数メートル進んでしゃがみこんで耐えながら進みました。

(この時も会社に行こうと思っていた旦那)

駅に着くと、タクシーが一台いて無事乗って病院に行けました!!!

奇跡!幸運!!

病院に着くと、

とりあえず受付までいこうよとついて来てもらうと

看護師さんから

当たり前のようにいろんな書類をわたされ

「当然旦那さんも残るよね」という風な対応をうけたので

旦那も

「当然、そのつもりです。当たり前です」

と言った雰囲気を難なくかもしだし、

出産までつきそってくれました。

会社は電話で問題なく休めたようです。

出産まで

駅までの移動が効いたのか、

病院に着くと子宮口が7センチ位開いていて

すこし、いきみのがしをすると分娩台へいけました。

ここからが長く4時間くらいかかりましたね。

お医者さんが中々登場せず(他の病院でもそんな感じらしい)

陣痛が弱かったのか?いきみどきがわからず

途中でやる気が無くなってしまいました。

けど、やる気が無くても定期的にやってくる痛みと苦痛

逃げられない!!と思い雰囲気でがんばりました

が上手くできず。

時が経過すると医者が登場。

タイミングを教えてくれて、

やっと、それっぽくできるようになりました。

それでも陣痛が弱いということで

促進剤をいれたら、陣痛が強くなり

何回かいきむと、もう少し!と言われ

最後の力を振り絞りました!!

頭が出たと言われたときは嬉しかった

もう一度いきむと体もでてきて

無事出産!!

出産後

わが子は、想像より低めの産声をあげて出てきました。

ちょっとした検査が終わるとすぐ、

カンガルーケアという

お腹の上に寝かせて触れ合うケアをして貰えました。

ちっちゃかったなー

いま、2歳のわが子をのせて同じ体勢をとると

いかに大きくなったかがわかります。(当たり前)

まとめ

いまさら書いてみると

さらっとしてますが

もう嫌だ!というくらいの苦痛と痛さ

逃れたいけど逃れられない誰か助けて!って

思った記憶があります。

帰ろうとした件、

出産前後のこういったエピソードは

一生忘れてもらえないので気をつけましょう。

とはいえ、結果的に立ち会ってくれた旦那は

助産師さんに指示されながら、私の腰を押さえてくれたり

居てくれるだけでも助けになり

子どもが産まれた瞬間を私よりちゃんと見て

いつまでも嬉しそうに語ってくれるので

素晴らしい点もちゃんと覚えますよ。

帰ろうとしたのはまだまだ生まれないと思ったからだそうです。

ほう、出産に立ち合えればよかったのか。嫁をいたわってくれ。

2年前の記憶をさかのぼり、さらっと書いてみました。

数ヶ月後には同じ痛みが待ってますが、突き進むのみです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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